◎連載第3回 . . . . .(社)日本音楽事業者協会会報「UFUFU」掲載ページより
アーティスト・ビジネスにとって極めて大切な
「パブリシティ権」をもっと理解しましょう
 前回は、肖像権には「人格権としての肖像権」と「財産権としての肖像権」という二つの側面があり、その中の「人格権」の一部としての「プライバシー権」について解説しました。今回は「人格権」から独立した経済的利益や価値である財産的権利「パブリシティ権」について説明します。

 一般にアーティスト・ビジネスに携わっている人は、アーティストにマイナスの影響を与えるような記事と一緒にアーティストの写真が無断掲載されること、つまり人格権としての肖像権やプライバシー権の侵害に対しては敏感に反応されますが、アーティストの人格を傷つけたりプライバシーを侵害しない写真の無断使用については、比較的無警戒ないしは、寛容であるようにも見えます。

 しかし、アーティスト・ビジネスにおいては、今回取り上げる財産権としての肖像権=パブリシティ権というものは、著作隣接権と同様にアーティスト・ビジネスを支える極めて大事な権利です。従って、是非、このアーティストのパブリシティ権について、しっかり理解しておいて頂きたいと思います。
[アーティストの氏名・肖像は財産的価値を持ち、何人も
これらを無許可で広告・宣伝に利用してはならない]
 そもそも「パブリシティ」とは、公表、公示、広告などという意味で「パブリシティ権」とは「俳優や歌手、スポーツ選手などの著名人の氏名や肖像を広告・宣伝に利用することに関する権利」と定義されます。もちろん、企業や商品の広告や宣伝での利用のみならず、カレンダーその他のキャラクター・グッズ等の商品にアーティストの氏名や肖像を利用することについても、パブリシティ権が及びます。

 このパブリシティ権は1930年頃アメリカで認知されはじめ、50年代後半になると判例上明確に認められるようになります。当時のアメリカは、映画、音楽、スポーツなどの大衆娯楽文化のパフォーマー(実演家)として多くの著名人を輩出するようになり、そうした著名人の氏名や肖像が広告・宣伝に利用されると絶大な「顧客吸引力」を発揮することが明らかになり、著名人の氏名や肖像が経済的価値を持つ財産権として注目されるようになったのです。

 「パブリシティ権」を命名したのは1953年のハーラン判決におけるフランク判事で、その判決(下記)にも明らかなように、パブリシティ権というのは、プライバシーの権利とは全く別個の権利です。

 パブリシティ権は、アーティストのプライバシーに関わる写真が無断で使用されることによる精神的苦痛からアーティストを保護するプライバシー権とは違って、アーティストが時間・努力・金銭を投資して獲得した財産的価値を保護するための権利です。アーティストの氏名・肖像は、財産的価値を持ち、何人も無断でそれらを広告や商品に利用してはならないのです。
[「報道の自由」という特権を持つメディアといえども、
実演家の全実演を無断放映することは許されない]
 ハーラン判決と共に重要な判決として覚えておいて欲しいのは、1977年のザッチーニ判決です。

 これは、ある地方のフェア(祭り)で、ユーゴ・ザッチーニという人が大砲から自分が射ち出される人間砲弾を演じたところ、それをテレビ局が無断で録画してニュース番組で流したことに対してザッチーニがテレビ局を訴えたケースです。

 公の場での人間砲弾のパフォーマンスはプライバシー問題とは無関係ですから、それがテレビ報道されたこと自体に、ザッチーニが人格を汚されたとかプライバシーが侵害されたとして苦痛を感じたわけではありません。ザッチーニはそれとは全く別の理由、つまり自分の商売であるパフォーマンスを無断放映した事に対してテレビ局を訴え損害賠償を求めたのです。言ってみれば、自分の“飯の種”である人間砲弾という生のパフォーマンスを勝手に再生されテレビで流されたのではたまらないというわけです。人間砲弾を見たいと思っていた人が「テレビで見たので、もう見なくてもいいや」ということだって起こり得ますからね。
[表現の自由を標榜するメディアの権利は“絶対”ではない]
 結局、合衆国最高裁は、ザッチーニのケースを肖像の冒用によるプライバシーの保護という観点からではなく、肖像を公表することで誰が利益を得るかを問題にして、テレビ局に損害の償いを認めたのです。最高裁判決に行き着くまでには、その放送は正当な公共的関心事のニュース報道としてメディアの特権が認められるべきだとの論議もありましたが、最高裁では、メディアの特権といえども実演家の全パフォーマンスを無断で放送するのは、実演家のパブリシティ権の侵害にあたると判決したのです。これは、極めて重要な判決として注目されますね。

 日本において著名人の氏名・肖像の持つ経済的価値の保護が初めて容認されたのは、1976年東京地裁におけるマーク・レスターという著名な子役俳優の氏名と肖像がテレビCMに無断使用されたとして謝罪広告と損害賠償を求めたケースです。

 マーク・レスター判決では、まだ「パブリシティ権」という言葉は使われていないのですが、その後、光GENJIの仮処分取消申立事件判決(1989年)やおニャン子クラブ事件の控訴判決(1991年)、キング・クリムゾン事件の第一審判決(1998年)等で「パブリシティ権」ないし「パブリシティの権利」という語句が使用されるようになりました。

 このように日本においてもアーティストのパブリシティ権というものが認められてきているのですが、では、アーティストの氏名と肖像の使用の全てに対してパブリシティ権が主張できるのか、言い換えると、出版物などにおける全ての肖像使用に対して対価を請求できるのかとなりますと、必ずしもそうではないわけです。

 既に解説しましたように、アーティストの氏名や肖像を商品の広告・宣伝の為に使用した場合、アーティストはパブリシティ権を主張し対価を請求する事ができますが、出版物で氏名や肖像を使用しても、必ずしも対価を請求できなかったり、パブリシティ権侵害を主張できない場合もあるのです。
 例えば、社会的事件の報道のように、新聞・雑誌でのアーティストの氏名や肖像の使用が何らかの公共性を有するような場合には、アーティストの氏名・肖像が断りなく使用されたとしても、パブリシティ権侵害で訴えることができません。但し、その場合、報道の内容如何では、人権侵害や名誉毀損を主張できるケースはあり得ます。

 一方、アーティストの氏名や肖像が出版物の表紙やグラビアあるいは特集記事、人気企画ページ等に使用されるというように、その出版物の販売促進のために利用されている場合とか、写真集やアーティストの氏名や肖像自体を商品化した出版物を発行する場合のように、氏名・肖像権を商業的に利用する場合には、パブリシティ権を主張することが出来ます。タレントの名前や肖像を勝手に使ってカレンダーを発売したり、レコードのジャケットに使ってCDを発売することは許されません。報道以外の出版物でアーティストの写真を使用するには本人の許諾を取ることを原則にすべきです。
[アーティスト・マネージメント業界挙げて、着メロ配信企業
に対しパブリシティ権をアピールしましょう]
 さて、現在アーティストのパブリシティ権を最も主張すべきビジネス対象分野は、着信メロディ・サービスです。

 ご承知のように、着メロでは、作家には著作権使用料が支払われています。しかし、アーティストには何らの金銭の支払いがないのです。楽曲名だけの使用なら、それでも構わないのですが、誰々の何という曲というように、アーティスト名が付与されているケースが多いでしょう。これはカラオケについても同様ですが、何故そこにアーティストの氏名を使用するかというと、その氏名に「顧客吸引力」があるためです。曲名だけではユーザーに対する吸引力が弱いからアーティスト名を使用しているのでしょうが、それならば着メロ配信企業は使用対価を支払っていただかなてくは困りますね。アーティスト・ビジネス業界は、今の着メロ状況を放置しておいては駄目です。アーティストが著名人であるが故の財産権、パブリシティ権の見地から一致団結して、着メロ業界、カラオケ業界に働きかけようではありませんか。
 
   
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